安西さんの思い



有志の方々が中心となり、このような支援団体を立ち上げてくれたことに心から感謝します。
精神的にも、実際的にも、大きな支えになっています。

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当初、この経験をなかったことにしたくない、同様の被害の再生産に加担することはしたくないという思いから事情の公表を決めたが、当時は自分に対する批判が大多数であろうと想像していた。
そのため、公表以降、多くの人々が問題認識を共有し、私の判断を尊重してくれたことに驚いた。知人であろうとなかろうと、細やかな配慮ある言葉をかけ励ましてくれたひとりひとりの声に救われた。「どのような局面に立たされていようと、いつでもともにある」と語ってくれた友人の言葉がこうして支援団体の名称となりうれしく思う。

悪いことばかりでは決してなく、感動することがたくさんあった。


それと同時に、様々な人が私には思い至らぬような深刻な事情をひとりきりで抱えている状況があると知るようになり、経験することのできない他者の人生に対する想像力の限界を思い知る。一連の問題対応においては、過去の自身の無理解・無関心を反省することも多くあった。

美術関係の場において明確な疎外/二次加害を受けるかもしれないという緊張感を持ちながら過ごしていると、困難を抱えた者が安心して足を運べる場がいかに少ないかに気付く。
良識ある人々が冷静な判断と対応に努め、難しい状況の中でも可能な限り問題に向き合う一方で、「中立」という立場を表明する者も少なからず存在した。これまで一方(私)のみが事実関係を語っている状況にあったため、当事者ではない人々にとっては判断を躊躇う状況があったことも理解しているが、相手方による調査協力の拒否等の事情を看過して「中立」を表明することは固有の問題から目を背けることに他ならず、芸術における理念と実態の乖離を目の当たりにした。そうした態度が二次加害へと発展する場面も数多くあり、私はこの半年間、様々な形での「悪意なき無理解」に傷付けられ続けた。


もし自分が誰からも理解やサポートを得られなかったらどうなっていたのだろうと想像する。
なすすべもなくバッドエンドに至っていただろうと思うと、現在私が受け取っている有志によるサポートに深く感謝すると同時に、このまま自分だけが恩恵を受けるのではなく、同様の被害を受けた者がたとえひとりきりでも権利侵害等の理不尽に対して声を上げることができるよう、対応プロセスの構築と、その情報共有を広く行わなくてはいけないと考えるようになった。

この事例の対応を通じ、類似の問題の渦中にある被害者に対して間接的にでも力になれることが、私自身を救済することでもあると考えている。
私は人格的に優れた人間では決してないが、この問題を自身の人生における大きな契機として、同様の被害経験や問題認識をもつ人々とともに学び、考えたい。


私は8年前に美術を志して以来、ずっと美術とともにあり、美術に救われて生きてきた。
しかし、一連の問題に係る自身の判断によりその継続が困難になるのであれば、そこに私が求めるものは存在せず、留まる価値はないと考えている。

私が現在も美術に失望せずに人生を継続していける状況は、多くの方々の支えによって成り立っている。たとえひとりきりでも向き合うと決めた問題について、私をひとりきりにすることなく、ともにいてくれることを心強く思う。
私の意図を汲み、尊重してくれてありがとう。

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今後も支えてくれる皆の助けを借りながら、未来にとって意義ある結果が残せるよう努力を続けます。



2021-02-01  安西彩乃|ayanoanzai








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